ありがとう、おめでとう

雪国

君のそばにいるだけで ただそれだけで
君と生きているだけで 僕は天に昇るような気持ち
天に昇るような気持ち

(天に昇るような気持ち/THEBOOM)


朝、目覚ましが鳴るより早く奥さんからメールが来る。
今日あたり生まれるかも知れないとの連絡である。
しばらくして今度は電話が来る。やはり今日明日にも生まれそうだとのことだった。
朝食を済ませ、食器を洗い、洗濯をし、近所の「無印良品」で買い物をして岩手に向かう。


新幹線でネスカフェ「匠 BLACK」を飲みながら、「無印良品」で買ったらくがき帳を取り出し絵をひたすら描く。
誕生日は年に1回あるが、誕生する日は今日だけである。
だから何か自分にしか出来ないなにかをしたかった。
それが僕にとっての絵である。
絵のレベルは兎も角、僕に出来ることはと言えばこのくらいしかない。
逆立ちしたって僕には子供は産めないのだ。


福島くらいから雪が見え始め、宮城、岩手くらいになると辺りは一面真っ白だ。
恐ろしく気候が違うなぁ と思いつつ、絵を描き続ける。
結局のところ駅に到着しても良い絵は描けなかった。情けない話である。


駅に着いてタクシーで病院に駆けつける。
病院にはお義母さんがおり、奥さんはすでに分娩室に入っているとのことだった。分娩室に入る前に会うことが出来ず、奥さんには申し訳ないことをしたと思った。
立会いは不許可な病院だったので、待合室でお義母さんと色々と話をしながら待ち続ける。
途中、お義母さんが「部屋見てきたら?」と言うので、奥さんのベッドを見に行く。
分娩室に入る前に奥さんが居たであろう空っぽのベッドを見て目が潤む。


今、奥さんはかつてないほど頑張ってるんだろうな
そんな時に僕はボーッと突っ立ってることしか出来ないんだな
きっと凄い痛いんだろうな


奥さんを実際に見るよりも、奥さんが居ない部屋を見る時の方がより強く奥さんを感じる。


待合室に戻り、再び義母さんとひたすら待つ。
しばらくして名前が呼ばれた。
「きむさ〜ん(実際には本名) 生まれましたよ〜」


・・・・?
・・・・??
・・・・・!? う、生まれた?


イメージ的にはもうすぐ生まれますからねぇ みたいな前置きがあって、分娩室のドアが開いて、感動の御対面かと思っていたので、意表を付かれ過ぎて、喜びよりも驚きが大きくなってしまった。まぬけな話である。
しかしながら、看護婦さんから「まだお母さんも抱いてないですからねぇ」と言われながら抱かせてもらうと、喜びが湧いてきた。それと同時に今度は変な抱き方をして、子供を傷つけてしまわないかとそればっかりになってくる。
子供はすぐに分娩室へと戻り、そうすると今度は奥さんが心配になってきた。


講義を終えたお義父さんも到着し、生まれたことを報告し、お腹も減ったので、ということで近所のコンビニへ夕飯を買いに行く。
コンビニの店員は偶然にもお義父さんの教え子の学生だったので、お義父さんは「今日、おじいちゃんになったんだよ!」と嬉しそうに言っていた。教え子に好かれる良い先生なんだなと思った。


夕飯を済ませ、奥さんも分娩室から出てきたので、奥さんの部屋で子供を交え、皆で消灯時刻少し前まで一緒に過ごした。
奥さんはまだかなり痛いらしく、元気は無いものの、それでもとても嬉しそうである。
お義母さんやお義父さんが交代で抱いている間、僕はひたすらビデオをまわしていた。
早くも若干親ばかぶりを発揮し始めている僕に、奥さんは半ば呆れ顔だった感は否めない。
お義父さんがビデオをまわしてくれたので、僕も抱かせてもらった。
ぎごちない抱き方しか出来ず「にゃー にゃー」と泣き始めた。が、すぐに泣き止んだ。


消灯時間が近づき、病院を去り、奥さんの実家でお義父さんと酒を飲んだ。嬉しいときにはやはり酒である。普段はお酒を止められているお義父さんであるがこんな日は特別であるとお義母さんの許しを得て飲む。つまみはお義父さんのするめである。
お義父さんが「ここにはもう一人のおじいちゃんもいるから」と部屋にある写真を指差した。お義父さんのこういうところが僕はとても好きである。そしてありがたさに泣きそうになる。
奥さんの実家の居間には僕のオヤジが他界する前に僕の実家で撮った写真がいつも飾られている。病気で毎日体が辛く、笑うことも少なくなっていったオヤジであるが、僕の結婚を一番喜んでくれたオヤジはこの写真には笑顔で写っている。
そんなオヤジの希望の1つである結婚は間に合わせられた。(それは今でも僕の誇りの1つである。)だが、もう1つ希望の孫は間に合わなかった。でもまぁ全てが上手く行くことなどあまりないんだ。勘弁してくれオヤジ殿よ。
オヤジ殿が生きていたらきっとやるであろう、写真、ビデオの撮りまくりは、息子である僕が立派に勤めあげるのでそれで満足してくれ。



今日つくづく思ったことは「女にゃ敵わん」ということである。
出産の大仕事を果たした奥さん、おろおろするだけの旦那。
この差は大きいなぁ と考える。


なにはともあれ
ありがとう 奥さん
おめでとう 我が子
ありがとう 祝福してくれた皆


祝福してくれた人全てのために我が子が幸せに過ごせるよう僕も頑張ります。