散髪、成人式について

いつもよりかなり遅い起床となった。
髪が伸びて来たので、行き着けの散髪屋に行く。
(ここで言うところの「散髪屋」とは正しくは美容院であるが、その名前を使うことに聊か抵抗があるので「散髪屋」とする。大体が「美容」というガラではないのだ。)


いつも通り指名のA氏に「今日もいつもどおりですね」と笑われる。
「ええ、いつもどおりでお願いします」と応える。


髪を切ってもらいながら、生まれた子供の話や猫の話なんかをする。
A氏は猫がとても好きらしいことが分かった。
一方僕も犬や猫はとても好きである。
動物の話で盛り上がる。
途中から何故か老後の話になる。
A:「老後は箱根に住みたいですねぇ」
僕:「老後ってまだそんな歳じゃないでしょう?」
A:「しょっちゅう老後のことばっか考えてますよ」
僕:(最近の若い人は老後のことばかり考えるのだろうか?)
僕:「北海道なんかもいいですね。比較的雪の少ない地域の・・」
A:「沖縄も凄くいいですよ でも無理だろうなぁ」
僕:「Aさんなら行こうと思えばいけるんじゃないですか?店開けばいいんだから・・」
A:「ああ いいですね それ それで夜はお酒飲むの」
僕:「いっそのこと店とバーを一緒にしちゃえばいいんじゃないですか」
A:「いいですねぇ それ(笑)」
などと他愛の無い話をした。
もっとも僕は散髪屋とバーが一緒になってたら面白そうだというのは結構本気だった。


フットサルに向かう。
どーにもボールを持つことに抵抗があって、ダイレクトにパスなりシュートなりをやってしまう。
もう1年以上になるのに全く進歩がなくて駄目だ。
面接にしろプレーにしろ自分に自信を持っていればいいのだが、どうにもそれが出来ない。
やれやれである。


今日は15日である。
世間では成人式が少し前に行われた。
僕が成人式をやった頃はまだ第2月曜ではなく、15日が成人式だった。
毎年この頃になるとSのことを思い出す。
Sと最後にあったのが成人式の時だったからだ。
Sとは小学校3,4年でクラスが一緒だったことを除けば接点という接点がほとんど無い。
しかしながら僕の育ったところは酷く田舎だったので、同級生はほぼ全員顔見知りであり、Sともそんな感じで普通に仲良くやっていた。
Sは少々変わった男であった。
小学校4年で「老人と海」を読んでいた。
小学生がヘミングウェイかよ・・・と後になって考えた。(当時はヘミングウェイさえ知らなかった)
物を大切にする男だった。消しゴムは文字通り最後まで使い切った。
消しゴムは角が無くなって丸くなるとコロコロ転がって失くし易い。
彼も消しゴムを失くした事があった。
物凄く悲しそうな顔でそこら中をずっと探し回っていた。
家庭環境(特に育て方)が良かったのだろう。どう贔屓目に見ても彼はとても良い男だった。
高校1年の時以来、4年ぶりに成人式で会った時も外見こそ茶髪になったり、少し髪を伸ばしていたり、少し派手にはなってはいたものの、彼の内面から来る人の良さは変わらなかった。
それが彼を見た最後である。


彼は死んでしまった。


その事実を成人式翌朝母親から聞いた。
勿論何を言っているのか意味が分からなかった。
テレビをつけると丁度そのニュースが報道されていた。
火事だった。
調査の結果、彼の部屋が出火元だったらしい。
寝タバコが原因らしいと推測されていた。
昨日あんなに笑っていたSがもうこの世にいないということが信じられなかった。
涙が止まらなかった。


27になった今までの間、尊敬出来る人にも会ったし、凄いと感心する人にもあった。
でも「いい人」というのは少ない。
「いい人っぽい人」は結構沢山いる。
でも彼はそれらの人とは決定的に違う。
彼は「本当にいい人」なのだ。
物や人それら全てに対して圧倒的に且つ平等に「いい人」なのである。


葬式の時、Sの彼女らしい女性が参列していた。
Sが通っていた大学で知り合ったのだろうか。
家族の人と同様、その場の誰よりも激しく泣いていた。
彼氏が死ぬというのは友人が死ぬというよりももっと絶望的に悲しいだろうなと思った。


そんなわけで成人式の映像なんかをテレビで見たりすると毎年Sを思い出し、少し悲しくなる。
あんな風に誰に対しても「本当に」優しい人間になりたいと思いつつも、すでに人間的に駄目だなと諦め、それじゃせめて自分の大事な人間に対してだけでもと・・若干目標を低めに設定し今年も頑張るかな と考える。


亡くなる前も立派な男であったが、亡くなっても尚、人に影響を与える立派な男である。